
’05年 1月
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| 1月30日(日) | 多摩川・残堀川 |
| 1月29日(土) | 旧神奈川宿 |
| 1月22日(土) | 多摩川・河口 |
| 1月 9日(日) | 多摩川・狛江 |
| 1月 2日(日) | 皇居・駿河台 |
’05. 1. 30(日)晴れ 多摩川・残堀川(多摩川-立日橋-残堀川-「瀧の上」-立日橋-)
ようやく超60キロです。立日橋のトコでやめておけば、日暮れチョイすぎには家に帰ってこられたのでしょうけど、残堀川まで行ったため、帰りは途中からフルライト点灯。気温もどんどん下がってきた。
しかも、行きが向かい風だったので帰りは楽チンかと思ったら、どういうわけか帰りも向かい風。どうしてこうなるのかなあ。
アシの疲れだけは100キロ超級。
以前から気になっていた残堀川。実はこの川を辿って、埼玉県に行くことを計画していた。意外に近いハズ。10キロ走れば十分くらい。
もちろん今日はその下見の予定。
体調不良のナカ、2時過ぎに出発。いつもは1時間も架からない登戸茶屋まで、1時間以上かかってしまった。
溝口までは向かい風がきつくて、進まなかったが、このころからようやくペダルが回るようになってきた。
4時に中央高速だったので、この時点で、日没前帰宅はムリ。
ただ、残堀川に入ってビックリ。
地図上では道もあるし、繋がっているのに、道路は信号がないし繋がっている道もない。
更にビックリなのは、なんと残堀川は瀧に、しかも人工の瀧になっていた。
なんともビックリ。埼玉県計画は、計画の建て直しかな?。
登戸で、ライトを付け、1時間以上つけて走った。2つライトを付けても余り明るくない。
すれ違う自転車も無灯火のものもあるし、直前まで気がつかず危ない。
更に、ランナーがほとんど無灯火。当たり前なのかもしれないが、こちらからは見えないことだけは確か。
自分から見えてもこちらからは見えない。何か工夫しないと危ないのに・・・・・。
家に帰って、足が痛い(筋肉痛)、というよりだるくて動かない。 体が冷え切っていた。
お尻も痛い。サドルヤッパ硬めだなあ。どうしよう。久々、腰も疲れきってる。
でも、ソコソコに満足。
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'05. 1. 30(日) 走行距離 78km 小田急鉄橋 |
登戸の小田急鉄橋の旧橋。 ここだけ、一旦土手下に回り込むようになっていた。 土手の上の旧橋はモウなくなっていたので、撤去作業がモウ終わったかと思ってましたが、マダ、バリケードがしてありました。 もうじきかな。 |
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狛江上流部 | 護岸の工事とか。かなり派手に穴を開けていました。 周りの枠は、フェンスの網です。 |
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京王閣付近 | 手前の女の子がラクロスの練習をしてました。 これを撮ろうとしたのではなく、河原が綺麗だったのと、遠景の生田緑地イを取ろうとしたのですがわかりませんね。 |
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残堀川入り口 | 橋の名前は忘れました。ふれあい橋かな。 |
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残堀川 | 思った以上に幅員があります。 |
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残堀川 | 突然川が終わり、巨大な構造物が出てきました。 滝です。ここで直角に曲がっています。 地図で見たとき変だな後は思いましたがこうなってるとは。 立川段丘から直接落っこちてくるようです。 どう見ても人工の河川のようです。 |
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残堀川 | 下流方向。 水量はほとんどありません。 対岸は、丘になっています。 立川段丘です。 橋の名前は滝下橋でした。 |
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残堀川 | 2枚前の写真の対岸の陸の上から残堀川を見下ろしました。 このあたりの地名は富士見というようですが、今日は見えませんでした。 |
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残堀川 | 残堀川の滝の上から見ました。 水が全く流れていないので、いきなり見るとなんだかわかりません。 3枚前の写真が、滝の下の部分ですが、実際には、水が落ちるところは見えないのかも。 |
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残堀川 | 上流側。 水は流れていません。 去年の秋は、かなりの水量があったとか。 |
’05. 1. 29(土)曇 神奈川宿(鶴見川橋-神奈川新町-仲木戸-神奈川-青木橋-鶴見駅前ー鶴見大橋ー)
今日は久々に晴れていた。と思ったとたんに天気予報が急に変わり、
3時ころから雨が降り出すとのコト。
2時過ぎには出られそうだったのに!!
それでも、まだ陽があるので出かけることに。
雨を考えると、近場しかヤバイかもしれないけど、このところ多摩川続きだったので、それ以外にと思い、横浜方面、旧東海道の神奈川宿辺りをポタポタしようと思った。
以前、国道15号線を走ったとき、「神奈川宿祭」というのぼりを見かけたことがあった。日が合わなかったので、出掛けはしなかったが、どこら辺でやるのかが気になっていた。
(「川崎宿祭」というのは、何回かあった。去年は雨で行かなかったが、その前に行ったことがある。右はそのときの写真)
そうは言っても、全く資料がない訳ではなく、旧東海道を国土交通省のページや(歩いて)神奈川宿をルポしたページを以前から見ていたので、大まかにそれを参考にして行ってみた。
横浜方面に行く場合、いつも往復ともに国道15号線の海側(南側)の道(歩道も車道も)を走る。海側のほうが、交差点が少ないし、歩いている人が少ない、車も少ないので、そうしている、
神奈川宿そのものは、山側なので、走ったことがない。
子安辺りから、山側の歩道に移動した。向かい側なので完全に歩道通行。しばらく走ってもそれらしい気配があまり感じられなかった。途中で、国道に並行して、モウ一本細い道路が走っていることに気がついた。ちょっと覗いてみる。
復員4メートル程度。
「まさかこれが旧東海道じゃないだろう!!」 それらしい気配もない。
一旦国道に戻る。 しばらくして、石材屋がある。
「あれ! あやしい」 そばに寺がなかったので、さっきの路地に再度入る。
オランダ領事館だった長延寺跡の公園 発見。
ここが、旧神奈川宿の東のはずれ。実際にはこの碑がなければ、ただの公園。
ここから神奈川宿探検隊。
といっても、あまり詳しく書いても、自転車向きではないので、かいつまんでしか行きません。(詳しくは先ほどのページを見てください)
この神奈川宿は、というより、横浜そのものがそうだけど、「黒船」がなければ、なんでもないただの東海道の宿場でしかなかった場所なんだなあという思いが、つくづくしてきた。それがなければ・・・・などと考える。
黒船が来て、開港場所を探すとき、実質、江戸以外でもっとも大型船が入りやすい(大きな川がなくて、浜が小さい)ところが、この場所だったということから始まっている。
この宿が、結構大きな寺や神社が残っているのも、その後の繁栄が元になっている。
地図を見ながら、走り回ったが、途中から、今の地図より、さっきのホームページからプリントした昔の地図のほうが返ってわかりやすいことの気がついた。
考えてみれば当たり前。昔のものを探すのにそれしか書いていない地図のほうが、明らかにわかりやすい。余分なものがないのだから。逆に言えば、寺や神社はむかしとあまり変わっていないということがわかってきた。
もちろん、変わったトコもある。まず道路が全く違う。京急線もなかったはず。
特に、とうとう本陣の場所がわからなかった。ただ、その近くにあった小さな公園に「明治天皇安在所の碑」があったのでそのあたりかなあと思った。
それにしても、海が、直ぐそばにあったんだなあ。
道案内は、下の写真の案内板やレンガ舗装がしてあったりして比較的わかりやすい工夫がしてあるので、地図なしでもどうにかなりそうでした。
お寺神社が多かったけど、以前から電車の窓から見ていたようなところが「ナンだ、ここがそうなのか」というような気がしました。
天気は、結局ほぼモッテしまい、(帰り道鶴見辺りからぱらつき始めた)4時半近くまでウロウロした。
距離はとにかく、久ぶりにMATCHAで出かけた気分になった。
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'05. 1. 29(土) 走行距離 29km 神奈川宿東端 神奈川東公園 長延寺跡 (京急神奈川新町駅のそば) |
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笠ヌギ神社 | 良泉寺裏にある笠ヌギ神社。 京急線が前を走っている。 当たり前だけれど、昔は、当然電車の線路はなかったはず。 |
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能満寺 | 写真右下の石碑は、(下の写真ですが)、芭蕉の句があります。 |
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能満寺 芭蕉の句碑 |
「父母の しきりにこいし きじの声」とあるとか あまり言い句とも思えないな。 芭蕉の句碑は3つ目だなあ |
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旧東海道 | これが本当に旧東海道かどうかはわかりませんが、こんな雰囲気の道です。 道路の舗装が、レンガだったり、カラーだったり誘導の役をしています。 |
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神奈川小学校のカド | 神奈川小学校の角にあった「旧神奈川宿」の全体図の陶板画。 屏風の雰囲気を出しているようだ。 この地図のほうがわかりやすい。 この地図は江戸時代中期に作られた「東海道分間延絵図」というのが元図のようです。神奈川駅前にあった地図も、地区センターのジオラマもこれが元になっているようです。 |
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金蔵院の表門 | 立派な門ですが、実際には使っていないようです。 徳川家康が梅をめでたとかの記録があるようです。 |
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地区センター前の 高札場 |
実際にここにあったわけではないようです。 ただ、大きさは、資料を基に同じ大きさにしているようです。 |
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同センター内に あったジオラマ |
模型です。 結構うまくできていて、地図の代わりになります。 本陣の当たりです。 |
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滝野川に架かる 土橋 ジオラマにもありました。 そばで、今年最初の梅を見つけました。 |
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浄瀧寺 | イギリス領事館だったとか |
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権現山 昔は相当高い山だったようだけれども、今では、首都高の高架線と大して変わらない高さに |
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州崎神社 | この社殿の真後ろが、上の写真の権現山の展望台になります。 神社は頼朝の時代からとか。 |
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旧東海道 (宮前商店街) |
宮前の宮は、上の写真の州崎神社です。 突き当たりは、青木橋のところの京急神奈川駅の前付近になります。 |
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? | お寺かな?金毘羅神社かな? 神奈川駅(青木橋)から見えます。 しかしよくこんなフウに建てるもんだな。 ただ、勝手に想像すると、昔はこの位置にあったのかもしれない。「お台場」の造成で山の土が持っていかれてしまったのかも。それでこんなかっこうになったのかも。 |
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京急神奈川駅前に ある案内板 |
東の長延寺跡からここの神奈川駅前を通り、横浜駅の西口付近までが、「旧神奈川宿」だったのようです |
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滝野川橋 | 国道15郷に架かる滝野川橋。 写真の向こう側あたりが、本来の本陣になるようです。(「明治天皇安在所の碑」の碑がある小公園) |
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本日のオミヤ | (京急)鶴見駅にある清月にある「よねまんじゅう」 昔のものとは違っているようです。 しんこもちとイロイロな色(桃、白、緑茶)に合わせたこしあんです。 小さいので軽くアッサリと食べられます。 |
’05. 1. 22(土)晴 多摩川(六郷橋-大師橋-河口(羽田)-河口(川崎)-川崎大師-)
先週は、悪天候で、かつ、寒かった。
この土曜日は、天気はよかったけど、イロイロ用事があり、気がつけば、4時近い。
それでも、また明日は天気が悪そうなので、とにかく出かけた。
といって直に、陽が暮れてしまうのでソウ遠くには出かけられない。
結局六郷橋の佃煮屋と大師の土産物屋に買出しツアーに行くことにした。
もっともそれだとあまりにもさびしいので、ウロウロ河口を行ったり来たりして、体力維持活動。
このところ、自転車に乗る時間が少なくなったせいか、若干体重が増えてきてしまった。これは、私にとっては一大事。
そもそもダイエットのはず。
確かに一週間あいてしまうと体力的にも衰えてしまったように感じられる。
ホントは、別の自転車も間に乗ってはいるものの、乗った気にはなれない。ヤッパ、MATCHAでナイト!!
つくだ煮屋は,時期が悪いせいか、だいぶ品数が少ないように感じた。
それでも、いくつか購入。
そのアト、河口方面をウロウロした日が暮れたころを見計らって、大師の参道前の土産物屋へ。マダマダ人出が多くて、明るいうちだと、交通規制されていて、中には入れそうもないからだ。
そのアトは、街中を通り、多摩川大橋まで大回りして帰宅。
日没後は急激に冷え込んできて、今日も、寒い日になってしまった。
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'05. 1. 22(土) 走行距離 26km 大師橋 |
大師橋遠景。右岸側の主橋脚がだいぶ出来上がって来ました。 ようやくセットで斜張橋らしく見えるようになって来ました。 |
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大師橋 | 大師橋の工事現場。 橋の道路部分をブロックごとに吊り上げる作業をしていました。 集脚は、カバーがかけられているように見えます。 旧橋の撤去工事からモウ10年以上工事をやっているように思えた。 |
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羽田の河口 | 河口のホコラです。 ホコラの上部の河口部分の先に、房総半島(木更津辺りの)山並みや工場がはっきり見えました。 約20キロ、思った以上に近く見えます。 左側は羽田空港。 チョウド着陸した飛行機が写っているはずです。 このアト、右岸の一番右側に見える辺り(川崎側の河口ポイント)へ周りました。 |
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大師のみやげ | 大師の参道にある津田屋というせんべい屋です。 「しみせんべい」とあります。いわえる「ヌレせんべい」です。焼く前にたっぷり、タレに漬けててそのアト焼いたようです。 前回、初詣で来たときに、買って食べたら、結構うまい。 チョウド、ツケヤキのお餅のような風味で、おいしい。 パリパリ感はあまりないけど、確かにせんべい。 |
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薄暮の 大師の参道 |
参道の奥に大師(ダイシ)の山門が見えます。 仲見世通りといっています。 この時期(正月)は、昼間は、帰りだけの一方通行になります。 入り口の左右がトントン飴屋で、せんべい屋は、チョイ右奥です。 |
’05. 1. 9(日)晴 多摩川・狛江(多摩川-水道橋-狛江-兵庫島-浅間神社-丸子橋ー)
昨日(1月8日)川崎大師に初詣に行った。
マダマダ、人出が多くて、思った以上に時間がかかってしまった。
(右の写真)
大師の本堂前に着いたときチョウド、
昔の「古式」出初式を始めたので、写真を撮った。
本堂前が一時通行止め。
かなりギャラリーがありました。
川崎大師辺りに、こういうのあったのかなあ??
まあいいか!!
以上昨日の話し!
今日も朝から、買出しのお供。
開放されたのは、午後2時ころ。
今日は久しぶりに、60キロくらいは、走りたいと思ったけど、モウ無理かな。
でも、今日はモウ一つの目的が。
アンダーウエアーを新調した。といっても、今も使っているヤツの、色と長さを変えただけだけど。
ホントは、サイクルウエアーの上着を今シーズンには、一つ買おうと思っていたのに、イロイロ考えながらグズグズしているうちに、売り切れ状態になってしまい、とりあえずアンダーウエアー(パールイズミノのPI)、冬用手袋だけは買ったので、そのシケン。(ついでに、アンダータイツも(これは普通のヤツ)も着てみました。)
出かけたのはいいけれど、いきなり猛烈な向かい風。(最大風速18Mの北風とのこと)
登戸辺りまではいきたいと思ったものの、二子橋までですら怪しい。時速は、15キロどころか、10キロチョイ程度では。それに引き換え向かいから来る自転車は、バンバン30キロ超くらいでやってくる。
ギアは、3rdぐらいまで下げているのに進まない。
諦めようとも思ったけど、距離はとにかく時間は走ろうと思い、どうにか二子橋へ。
風の強さは変わらないものの、ようやくペダリングに足が慣れてきたようだ。
水道橋で、もと来た道を帰ろうとも思ったものの、追い風で帰ってしまえばつまらないので、橋を渡り東京側へ。
久しぶりに東京側を下ることにした。ルートとしては、あまり代わり映えがするわけではないけれど、逆にノンビリと行くことにした。
以外に見落としていたものを再発見しながらのポタになった。
モットも、結果的に去年の初走りと同じようなコースになった。
風も強かったけど、それ以上に寒かった。ゆっくりだったのであまり汗をかかなかったから新調シャツの効果はわからないけど、前よりはやはりよさそう。
手袋も、OGK(GL−22)のホットグローブとやらだけど、あったかさまでは感じなかった。もっとも、今までのは寒かったけど。
まあ、どっちにしても、今年の冬場はこれで凌ごう。
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'05. 1. 9(日) 走行距離 36km ガス橋と NECの新ビル |
走り出してしばらくして見えてきたビル。これまでも見えていたけど、晴れ田時に見えたのは久しぶり。 天気はいいけど、風はものすごく強い向かい風。 全く前に進みません。 |
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上と同じ場所 | チョット右側を見るとキャノンの本社と大規模マンションが見えます。 |
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定番の場所 | ソロソロ表紙の写真を変えるかなあ |
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狛江水害の記念碑 | 東京側の宿河原堰堤の直ぐ下流にありました。 何回か探して見つからなかったけど、あまりにも直ぐそばにありました。 1976年頃?にあった多摩川決壊の碑です。 |
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宿河原堰堤の直ぐ下流 前から気になっていたヤツです。 「宿河原土丹層」という地質のようです。 左は左岸から、右は右岸から見たものです。。 |
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中古車置き場? | 中古車置き場と思ったら、撮影用の車両のレンタル用のようです。ヨーク見ると変わったくるまもありました |
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交通安全センター | 暴走族憧れの職業シロバイタイ。 東名橋のスグ下流側。 警視庁交通安全センターとありましたが、走っているのは、普通の人のようでしたが・・・・ |
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駒大グランド | 手前の工事ではありません。 マラソンは、どうだかわかりませんが、ラグビーとサッカーをやってました。 |
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野川合流点 | 野川と多摩川の合流点。 田園都市線二子玉川駅のトコです。 兵庫島の橋の上から撮りました。 |
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東京側(左岸)はダートのみ | 東京側には、二子橋から丸子橋の間に、サイクリングロードはありません。ないのです! ただ、左の写真のように河川敷に、砂利の(災害時用緊急)通路があるので、走ることは、走れます。 もっとも、実際に走るのは、端っこのシングルトラックの部分ですけど。 世田谷の場合、区内の小河川の脇道は、ほとんど完全に綺麗に整備しているけど、多摩川は別のようです。 土手の上は、路側帯のほとんどない一般道ですので、自転車は命がけです。 |
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多摩川台の浅間神社 | 丸子橋手前の浅間神社。初詣モードです。 |
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境内の展望台から | 神社の境内といっても、展望台の様になっています。去年も着たかな。 直ぐ真下を、東横線が走っています。 多摩川の蛇行(上流側)の様子がパノラマのように広がって見えます。 はるかに幾重かに山の稜線が重なって見えます。 |
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境内の展望台から | 丹沢の山にチョウド変な雲がかかっていました。 これがなければ、この方向に富士山が見えるはずなのに・・・。 モウチョット待てばシルエットが見えたかも。 |
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丸子のドンドヤキ | 丸子橋を渡って帰るとき河原で、左義長(セイノカミ、ドンド焼き)をやっていた。 去年もこの時期に見かけた。去年は、火事とまちがえて消防車がサイレンを鳴らしてやってきたところだったので、大笑い!。 今年のほうがはるかに風も強く、火の手も大きかったけど、消防団だけだったようだ。 |
’05. 1. 2(日)晴 皇居・神田(多摩川大橋-国道1号線-桜田門-皇居(宮殿)-お茶の水駅-北の丸-桜田門-国道1号線-多摩川大橋ー)
このところの去年の暮れ(要するに数日前)、あまり自転車で出かけていなかった。一昨年の暮れ、家の用事をほッポリ出して、MATCHAを乗り回していたのを、内の奥さんがちゃんと覚えていて、事前にノルマを言いつけられていたためだ。たまに、暇がありそうなときは、天気がダメ。
まあ、ホントは、それ以外にも、自転車の調子がイマイチよくないということもあったけど・・・。
ただ、さすがに、このところ食い過ぎ気味で、チョット出かけようという気になってきた。
新春の寿ぎです。
実は、今日の朝、箱根駅伝を見に出かけた。もちろん車だけど。鶴見の中継所のもろまん前。5メートルほど先で選手がたすきの受け渡しをしていた。内のムスメの友達の友達の友達の知ってる人(要するに単に知ってるだけ!)が、そこから走るとかで、正月行事らしく出かけた。1時間待って、10分で通過。ヨミウリ・ホウチの小旗をもらって振っていた。
1年前の今日、皇居1周に行ったが、今日は、一般参賀そのもの(そういうときでなければ、皇居の宮殿まで入れない)
ルートは、去年は六本木経由だったが、今回は完全にルート1で行ってみる。正月でもないと交通量からして国道(車道)を走るのはやはり怖い。
途中、去年と同じ、明治学院、福沢諭吉の大学の前を通って、桜田門へ。
普通だと内堀通を通れるけど、今日は、規制で、外堀通まで回る。
ここで、自転車を置いて、徒歩。手荷物チェックとボディーチェックとまるで飛行機に乗るように(実際はこっちのほうが厳重だったようだけど)やったアト、今度は日の丸の小旗をもらった。(この旗、この後つけて走ってたらどこかで落としてしまったらしい)。
二重橋(の石橋)から鉄橋をとおって、宮殿前広場の入り口へ。 参賀は初めてだけど、宮殿前に来たのは、10年ぶり2度目だ。

宮殿前広場ではちょうど、旗を振っていた。一瞬練習かと思ったらホンバンでした。2時20分の「お出まし」がちょうど終わったところ。
でも、逆に、次の「お出まし」ように真前まで進めた。警備ラインから、3メートルくらい、しかも、ホボ真正面。
とはいうものの、1時間ほとんど、「直立不動」で待ち続けて、ようやく「お出まし」
本当に、誰かが、「天皇陛下万歳」って声を掛けていた。皇太子妃を除いて全員出てきた。時間も、近くにいた人が結構永く出ていたなと言っていた。本日最終回のせいかな。「おことば」もしっかり聞いていた。距離感がつかめにくいけど、肉眼で十分に確認できる距離だ。
なお、主上のお写真はお恐れ多く、かつ、「不敬罪」に問われる可能性がありますので、掲載いたしません。(実際、ガラスに反射してよく映っていませんでしたけど)
千代田城内に2時間弱いたことになる。本丸方面にも行きたかったけど、神田界隈を走り回ろうとも思っていたので、時間がないし次回にしましょう。
一ツ橋の辺りから水道橋方面に向け、わき道をウロウロしながら、明大通を通りお茶の水駅前の御茶ノ水橋まで行き、そこから、戻って、聖橋からウロウロしながら大手町へ抜けた。
実はこの辺り、司馬遼太郎の「街道を行く本所深川神田界隈」をちょうど読んでいたので、その雰囲気を感じようとしてチョット寄ってみたもの。もっとも、始めは、神田のためじゃなくて、深川辺りに行くときのためだったのだけど・・・。
もっともこの本、観光ガイドブックにはやはり向きません。今あるものを見ているわけではないから。その雰囲気を感じられればという気持ちでした。
ぐるりと回り、改めて、大手町の将門塚戻ってきた時には、4時を既に周っていた。
九段、田安門経由の北の丸を含めたコースは諦めて、去年と同じ北の丸公園南を突っ切るコースをとることにした。
半蔵門を越えた辺り、最高裁の辺りの皇居の景色が一番迫力があって好きだが、大分陽が傾いてきている。
ほぼ来た道を通って帰路へ。
とはいえ、真っ暗になってしまい、国道はヤッパ怖い。
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'05. 1. 2(日) 走行距離 45km 多摩川大橋東京側袂から |
鹿島田の高層ビルと丹沢山塊とその後ろの富士山(中央やや右の白っぽくなっているとこ) 今までも富士山は見えたけれど、肉眼では、今日が一番よく見えた。 お正月だねえ! |
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明治学院大学 去年と同じところ |
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慶応 南門から | 南側の通用門から。さすがに今日は閉店していました。 |
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慶応 東門 | 同上、東門と呼ばれる正門。アーチの向こうに見えるのは、旧図書館。 |
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霊友会? | 飯倉の交差点から見える変な建物 |
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皇居外苑 | 皇居外苑。 普段は内堀通が走れるのに、交通規制中。 MATCHAを置いて歩いて受付を通過。 厳しい警戒警備をしていました。 |
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皇居正門 | 二重橋(石橋)を渡りながら、正門に向かっていきます。 |
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二重橋(石橋)から | 上と同じ場所(二重橋(石橋))を渡りながら、右奥方向の二重橋(鉄橋)方向を見ています。この橋をこのアトで渡ります。したがって、その更に右側が、宮殿前の広場になります。 櫓は、伏見櫓。 |
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皇居正門 内側 |
石橋と鉄橋の間にある桝形部分。鉄橋に向かいます。 |
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二重橋(石橋) | 二重橋(鉄橋)から見ています。 二重橋というより、めがね橋といったほうがよさそう。 写真のおくに、東京駅があるはずです(見えませんが)。 |
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伏見櫓 | 二重橋(鉄橋)から見た伏見櫓 |
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宮殿の「お目見え」場所 | ロイヤルファミリーが出てくる、ロイヤルボックス。 ガラスが反射してよく見えません。 反射して丸の内のビルが映っています。 アト30分くらい待つかなあ。 |
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宮殿 | 宮殿の端っこです。お目見えが終了し、参賀者が退場するところです。 上の、ロイヤルボックスは、はるかに左側になります。 |
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富士見櫓 | 坂下門への坂を下る途中から見た富士見櫓。後ろのビルは、大手町のビルです。 |
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左 坂下門(内側) 右 MATCHA日の丸付 |
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駿河台 明治大学 |
内堀通から、一ツ橋を経て、駿河台へやってきました。 昔の面影はあまり感じませんでした。 もっとも、何回も来たことはありませんでしたけど。 特にこれ、明大のリバティータワーです。最近できたとのコト。 |
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御茶ノ水橋から水道橋方面 | 右は順天堂、左は中央線。真ん中が神田川。 この堀が、江戸時代初期に開削されたものとは思いませんでした。 昔は、予備校に通ってたころ、ゴミを積んだだるま船が通っていたのを見たことがあります。 |
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御茶ノ水橋から 御茶ノ水駅と聖橋 |
上とは逆を見てます。 |
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湯島聖堂 | 緑の屋根の部分です。 孔子とは縁がないのですが、この先の神田明神、湯島天神まで行こうと思ってましたが、時間の関係で諦めました。 |
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ニコライ堂 | いきなり、ニコライ堂。 これは変わらないままのように思えた。 聖橋の袂から、大きなビルの陰になっていたけど。 |
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将門塚 神田明神に行けない代わりに、大手町の将門塚に寄ってみた。 |
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北の丸 | 去年もここを通ったが、今年は大晦日に降った雪が残ったままになっていた。 滑るので、この辺りから車道を走った。 |
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三宅坂付近から 桜田堀 |
コントラストが綺麗です。 石垣ではないものの、土塁の曲線もいいし、堀の幅も広く、雄大ささえ感じます。 霞ヶ関のビル群との対比も面白い。 |
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みやげ | 坂下門を出たところ(皇居の警備エリアの中)で売ってました。どういう趣旨で売っているんのかわからないし、カンゼンなアヤカリ商法で普通だと絶対買わないけど、土産モンとしてはちょうどよかったので、ツイ買ってしまいました。 700円。 お菓子としての由来はわかりません。 2つ欠けているのは、我が家のねずみが、直ぐに食べてしまったものです。菊と桐の形の砂糖菓子(落雁)9こ入りです。 |
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